所沢理科数学向上セミナー(インターネット学習と対面指導に対応した塾) の日記
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笹井氏自殺で思うこと
2014.08.11
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1月末のSTAP細胞の発見から一転、笹井氏自殺という予想外の結果となった今回の事件。
小保方氏の割烹着姿、粗末な実験ノート、捏造された研究データなどがマスコミでしばしば
取り上げられるが、私は今回の事件で、小保方氏自身ではなく、彼女及び彼女の研究に
対する『評価』の仕方に問題があると考えている。
笹井氏は非常に優秀な研究者であった。しかし、彼は部下の研究者として小保方氏を選んで
しまった。修士論文や博士論文で突っ込んだ質問をしていたら、実験ノートを見たら、彼女を
部下に選ぶことはなかっただろう。また、研究データの粗末さも見抜けていたはずだ。(彼女の
研究の粗末さは、大学の研究室での研究で、教授・助教授・助教どころか、学生から突っ込み
が入るほど初歩的なレベルである)。よって、今回の事件は、笹井氏を始めとした理化学研究所
メンバーの人に対する評価の仕方に問題があったと思う。理化学研究所は多くの研究者が
羨む就職先である。彼女が内定した分、他の優秀な研究者は就職できなかったわけであり、
かわいそうと言わざるを得ない。
しかし、評価というものを我々は日常生活できちんとしているだろうか。評価は人だけでなく
物に対しても行うものである。例えば、食べ物を店で買うときに、昔はどれが一番おいしそうか
吟味してから購入したものである。外食であれば、どの店が一番おいしい食事を提供して
くれるか考え、もしおいしくないと感じたら、次からはそこに行かないようにしたものである。
約3年半前に、某焼き肉店がユッケの肉として出してはいけない肉を提供し、問題となった。
無論焼き肉店の行為は不正行為だが、それを見抜けなかった消費者にも問題はある
ように思う。ユッケが280円で売られているということは、原価は280円より安いという
ことである。「生の牛肉をスーパーマーケットなどでその値段で買えるだろうか」と考えれば、
そのユッケの品質は怪しいものであると推測できなかったのだろうか、と私は思う。(ロースト
ビーフですら当時100g300円はかかっていた)。
我々は日常生活で、自分の頭で評価をしているだろうか。他人の評価を鵜呑みにし信じたり、
評価すらせず成り行きで行動したりしていないだろうか。もしそうであれば、是非普段から
自分自身で評価する習慣をつけると良いと思う。買い物1つをとっても、自分で評価するか
流されるかで、良い商品を手にするか、悪い商品を手にするか、変わってしまうのだから。